photo by Sabor Digital
「あっ」
「あっ」
「……」
「……」
「あ……お先に、どうぞ」
「え」
「ですから、お先に、どうぞ」
「お先に……?」
「あ、見てないほうがいいですか」
「お先に、って……あなたも、この崖に捨てに?」
「捨てに……そうですね、捨てにきました」
「乳歯を」
「命を」
「……」
「……」
「命を捨てるって、なんの話ですか」
「あれ……飛び降りられる…んですよね」
「こんなとこから落ちたら死んじゃうじゃないですか」
「ですから、死ぬんじゃ……」
「違いますよ。乳歯を捨てにきました」
「……」
「乳歯を捨てるんです」
「ちょっと意味が」
「乳の歯と書く乳歯です。乳の歯って、グフフ、なんかエロい」
「それを……捨てに?」
「最初は捨てるなら火口かなと思ったんです。でも日本には今まさにドーンと噴火してる山は無くって。富士山の火口でもいいかなと思って登ってみたんですけどやっぱりマグマがないと物足りないじゃないですか」
「あの、あの」
「はい」
「乳歯を、火口に捨てるって、どういう……」
「最初から言わないとダメかー。子供の頃って、歯が抜けたらどうしてました?」
「え」
「歯、どうしてました?」
「え……うちは、上の歯が抜けたら縁の下に、下の歯が抜けたら屋根に投げてました」
「ですよね?ですよね?うちもそうしたいんですよ。でもうちはマンションなんですよ。マンション。マンションには縁の下はないんです。ないんですよ縁の下が!かと言って最上階の部屋に投げ入れたら、最上階の部屋のベランダは歯でいっぱいになるでしょ?でもそうか20階とか届かないかグフフ」
「……」
「抜けた歯全部取っておくのもなんだし、捨てるといっても燃えるゴミ?燃えないゴミ?それに歯をゴミ箱にいれるってなんか抵抗なくないですか?そんなときですよ、テレビで『ロード・オブ・ザ・リング』をやってて」
「指輪を、火口に捨てにいく……」
「そうそうそう!これだ!火口だ!って居てもたってもいられなくなって。もう乳歯片手に飛び出しちゃって」
「その歯、呪われたりいわくつきのものだったり」
「あーそういうのは全然」
「全然」
「でも火口がねー。火口がないんですよ。あっても入れてくれないし。火山国らしく解放してらいいのにね!もう火口くらい熱いところならいいや、ってルールにして、製鉄所とかガラス工房とか行ったんですけど気味悪がられて」
「でしょうね」
「熱いところは無理かって。じゃぁどうしようって。グフフ、その時閃いちゃいましたねー。火口くらい高いところから投げればいい!発想の転換ですよ。熱エネルギーから位置エネルギーへの変換ですよ!これぞエネルギー革命!」
「はあ」
「知ってました?東京スカイツリーの展望台って、窓あかないんですよ」
「でしょうね」
「東京タワーも」
「そういうとこは大体そうでしょうね」
「そうそうそう!ケチですよね。かと言って山登りは火口探しで散々やったから飽きたし。そしてたどり着いたのがここです」
「この崖」
「そう!この高さ!この絶景!そして快晴!絶好の乳歯捨て日和ですよ!もうここから大遠投しちゃいますよ。よーし、パパがんばるぞー!」
「あの」
「はい?」
「今から、その乳歯を捨てるんですよね」
「捨てますよ」
「投げちゃう」
「投げます」
「落ちますね」
「落ちますよ」
「下に」
「下に」
「その乳歯、上の歯ですか?」
「……!」
「上の歯だったら縁の下、下の歯だったら屋根の上……」
「あぁぁぁぁっ!!」
「下の歯だったら、上に投げないと」
「しまったぁぁぁぁ!!」
「……」
「下の歯だったら上じゃないか……!なんて俺はバカなんだ!妻や子供になんて言えば……!俺のバカ!バカ!間抜け!クズ!ゴミ!死ね!う、うぅぅぅぅ……」
「泣かないでくださいよ」
「うぅぅぅぅ…」
「それじゃ、僕と一緒に下に落ちましょうか」