学習机を見に行って、節電を思い出した

先日ですね、家具屋さんに学習机を見に行ったんですよ。

娘五歳が来年小学校にあがるので、ランドセルとか学習机とかいろいろ物入りなのです。で、いまどきの学習机ってどんなもんかと。

大人になって改めて学習机を見ると、なんだか小さく見える。棚が独立して本棚になったり、前板の色が選べたり、引き出しが軽かったり、いろいろ進化してて、ヘェ〜なんて見てた。

照明もみんなLED電灯になってた。

このタイプは自動で電気がつくんです、と店員さんが説明する。センサーを内蔵してて、机から離れると消えます。消し忘れがなくなり節電です、と。

いやいや、そこはこまめに消す癖をつけようよ、センサーで電気つかうから節電でもないでしょうよ、と心の中でツッコミながら、ふと思った。

あ、節電。

なんか脱原発のかげに隠れたのか、節電の話を最近全然聞かなくなった。

脱原発といっても、すぐに廃炉にできるわけではないと聞いた。いろいろ手順を踏んで、原発の機能を停止していかないといけない。2030年を目処にとか、先を長く見据えないとできないことらしい。

その間は原子力発電所では発電されることはない。かといって、すぐに代わりのエネルギーが見つかって実用化されるわけではない。

ということは、しばらくエネルギー不足・電力不足が続くはず。

いまは火力発電所が頑張ってるけど、電力使用量は90%を越えるギリギリの状態。

まだ節電しなきゃいけないんじゃないか。

節電、あんなに呼びかけてたのに。「ヤシマ作戦」とか言ってたのに。僕はエヴァンゲリオンを見てないので「ヤシマ作戦」と言われてもなんだかわからず、八嶋智人が粛々とコンセントを抜いてるイメージしか浮かばなかったのに。

電気がなくても人の役に立ちたいなとグルグル考えてたけど(*過去記事:「電気がなければただの猿」にならないために)、最近また当たり前のように電気の恩恵にあずかっていた。「足りない」という意識がなくなっていた。

街の灯りが少しずつ戻ってきて、クリスマスイルミネーションも輝き出して、なんだか「電力が復興してきた」ように勘違いしていた。

全然そんなことないのにね。

「脱原発」より「減電力」は自分でできる。電気料金だって値上がりしてる。

でも節電しなきゃと言いながら、電気がないと見られないブログにこれを書いている。

悶々とする冬である。