オフ・レコード

「いまのはオフレコだぞ。いいな」

そう言い残して応接室を去った。ちょっと厳しいことを言ったが、まぁ当然のことだ。相手にもやることをやってもらわねば困る。そもそもあいつは接客マナーすらなっていないからな。

「オフレコなんですか」

突然、男が目の前に立ちふさがった。さっき応接間にいたヤツの部下か?全然覚えがない。

「失礼、君は…」
「オフレコなんですか」

こちらの目をみて、同じ言葉を繰り返す。なんだこいつは?

「オフレコだよ。オフレコ。記録に残すなってことだよ」
「記録に残さないんですね」
「そうだよ。今言っただろう」
「あなたのことを、記録に残さないんですね」
「うるさいな!そうだよ!記録に残すんじゃないよ!忘れろ!」

肩を突き飛ばして先を急ぐ。後ろで小さく「わかりました」とという声が聞こえる。なんだあいつは。あとでクレームをいれてやろう。客人に対する態度が全然なってない。

それからしばらく経った。

おかしいな、と思い始めたきっかけは、銀行だった。

ATMでお金をおろそうとしたが、カードが無効だ、と表示され、何回やっても戻ってくる。ふざけんじゃないよ、と窓口に文句を言い、確認しろと突き返した。待合室で待つ。まったく、節電だと言ってるのに、ここは寒すぎる。

「失礼ですが、お客様」

中年の行員が、困ったような顔で、それでいてしっかりした声で自分を呼んだ。

「なんだ。カードは直ったか」
「先ほどのカードの件ですが、お客様は当行に口座をお持ちでしょうか」
「あ?なに言ってるんだ。口座を作ったからカードがあるんだろ」
「ですが、お客様のお名前では当行に口座はございません」

物腰は丁寧だが、きっぱりとした口調で行員は続ける。

「先ほど身分証明のためにお預かりした運転免許証を照会したところ、こちらも警察に記録がないようです。失礼ですがお客様、こちらのカードと免許証はどちらで…」
「な、なにを馬鹿なことを…!」

気がつくと、銀行内の視線が集まっている。警備員の数も心なしか増えている気がする。騒ぎを起こすのはめんどうなことになる。

「し、失礼する!」

逃げるように銀行を出た。なんなんだ。記録がない?ふざけるんじゃない。

それから奇妙なことが次々わかった。

キャッシュカード、店のポイントカード、図書館、診察券…カードの類がなにも使えない。どこにいっても「記録がない」だ。TwitterもFacebookもGmailもAmazonも「アカウントがありません」と出てログインできない。極めつけは部下の携帯電話から自分の番号がすっぽりなくなっていることだった。「失礼ですがどちらさまですか」という声をブツリと切る。

自分に関する記録がなくなっている…?そんな、そんな馬鹿な…。

重い足取りで区役所まで来てしまった。半信半疑を通り越して、すがる思いで、戸籍を確認した。

返事は「そんな名前の方はいらっしゃいませんね」だった。職員がうたがりぶかそうに自分をみる。立っているのがやっとだった。「記録に残さないんですね」あの男の声が頭にこだまする。

そうだ、妻なら、妻なら…。携帯電話を取り出し、震える手で家に電話しようとしたが、携帯も使えなくなっていた。区役所の中に公衆電話を見つけ、つかみかかるようにダイヤルした。

「もしもし、俺だ」
「…どちらさまでしょうか」
「俺だよ!わからないのか。夫だぞ」
「夫はおりません。オレオレ詐欺ですか?失礼します」

両手の力がダラリと抜けた。受話器がぶらりと垂れ下がる。

わぁっ、と駆け出していた。区役所から飛び出て、歩道を走る。誰もこちらを見ない。目に入らないのか?大声を出しながら走った。泣いていた。自分はどこだ?自分は存在してないのか?違う!俺はここにいる!俺はここにいるんだ!おい!おーい!
 
 
交差点から飛び出した彼を、トラックがブレーキもかけずに跳ね飛ばした。
 

彼の遺体はいつまでも路上に横たわっていた。
 

※参考
松本龍復興相が宮城県知事にブチギレ! 「今のはオフレコ。書いたらその社は終わり」と言うも東北放送が報じる 2011/07/04(月) 02:57:12 [サーチナ]
 
 

6件のコメント

  1. 見たい見たい! RT@R52000: 世にも奇妙な物語風。某大臣のそっくりさんで見てみたい。 RT @inomsk: 【ブログ更新しました】 オフ・レコード|イノミス http://t.co/66uURfc

  2. 見たい見たい! RT@R52000: 世にも奇妙な物語風。某大臣のそっくりさんで見てみたい。 RT @inomsk: 【ブログ更新しました】 オフ・レコード|イノミス http://t.co/66uURfc

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