中野駅には近づくな 大倉崇裕『白戸修の狼狽』

社会人になったばかりの白戸修。アルバイト先や、落とし物を拾ったところで事件に巻き込まれる。人の頼みを断れない、困っている人を見過ごせない、そんなお人好し青年だけど、いつの間にか事件を解決。サクッと読めてクスッと笑える癒し系ミステリー。

『白戸修の事件簿(旧題:ツール&ストール)』に続く稀代のお人好し・白戸修。東京・中野に行くと必ず事件に巻き込まれるという特異体質(?)の持ち主である。

その内容は、落書き犯人を追う「ウォールアート」、コンサート会場設営に潜む妨害「ベストスタッフ」、隠された盗聴器に仕組まれた裏の裏「タップ」、都内中を巡るスタンプラリーと暴力スリ集団「ラリー」、コンサート会場警備にまたしても罠「ベストスタッフ2 オリキ」を含む短編5編。

会場設営や盗聴バスターズ、アイドルの熱烈ファンまで、「その道のプロ」が白戸修を巻き込んでいく。「その道」の世界には「その道」の常識や隠語があって、日常から一歩踏み込むとまた別の世界が広がるのが面白い。特にアイドルファンの「オリキ」はホントにこんなんなってんの!?というくらいちょっとおっかない世界である(でもやっぱりホントっぽい→ オリキとは – はてなキーワード

ある意味マニアックな世界とそこでの犯罪を描きながらも、お人好しキャラ白戸修のおかげで救いのある物語となり、全体として後味のよいライトな仕上がりになっております。軽めだけどしっかししたミステリをお求めの方に。

盤上の生死 柄刀一『モノクロームの13手』

加門耕次郎が気がつくと、見たこともない異様な世界にいた。荒れ果てた大地、濁った空、そして大地に描かれたマス目に配置された人々―。たくさんの人々が倒れている中、目覚めているのは4人だけ。生者の上空には白い丸が、死者の上空には黒い丸が浮かんでいた。どうやら、この世界はオセロゲームのルールに則って生死が決定されるらしい。圧倒的に不利な状況の中、神の手に対抗し、より多くの人々を甦らせる逆転の手はあるのか?一手ごとに緊張感が高まる中、加門たちの運命は。

死後の世界は8×8のオセロ盤。1マスに1人。四隅の2×2の16マスが空いていて、中央の2×2の4マスが白石の生者、残り44マスが黒石の死者という状況。盤の外をふらふら歩いてる「さまよえる者」が次の石となる。だいぶムチャクチャな世界です。

いかに白石の生者を増やして終わるか、という、もう完全にオセロゲームの話になってしまうのだけど、工夫はいくつかされている。次の一手までに制限時間があり、オーバーすると全員死んでしまう。良かれと思って白(=生者)を増やしていくと、色んな人がワイワイ言い出して次の一手がなかなか決まらない。次の一手の論争と迫るタイムリミットがサスペンスを盛り上げる。

また、盤上には知り合い同士が存在している。親子、夫婦、恋人、友人、宿敵…。この人を生き返らせてくれ。あいつを殺してくれ。それぞれの思惑が交錯して盤上は混迷を極める。

この辺の人間模様の交錯をうまく出せればもっと面白くなると思うのだけど、視点人物が一部に固定されていてあまり考えの多様性が出てなかったり、終盤はどうしても次の一手が限定されたりして、ちょっともったいない。ラストも…な感じ。

神の采配により、四隅の石はどうしても黒になってしまう。この状況下での逆転は面白いものの、ちょっと小説としてはつらいなぁ…と思いました。この後、龍之介シリーズの『人質ゲーム、オセロ式』が出てるので、ひょっとして壮大な前フリなのだろうか…。

二転三転七転八倒! 蒼井上鷹『堂場警部補の挑戦』

玄関のチャイムが鳴った時、まだ死体は寝袋に入れられ寝室の床の上に横たわっていた。液晶画面を見ると、緑色のジャージを着た若い男が映っていた。「おはようございます、ドーバです。電話でパントマイムのレッスンをお願いしていた―」招かれざる客の闖入により、すべてがややこしい方向へ転がり始める「堂場刑事の多難な休日」など、当代一のへそ曲がり作家による力作四編。

4編からなる連作短編集。まずは目次をご覧ください。

・第一話 堂場警部補とこぼれたミルク
・第二話 堂場巡査部長最大の事件
・第三話 堂場刑事の多難な休日
・第四話 堂場IV/切実

話が進むにつれてどんどん降格されていく堂場。終いには肩書きもなくなって「IV」扱い。そんなドジっ子堂場の活躍ぶりを…

と い う 話 で は あ り ま せ ん ! !

思わず太字にしてしまった。もちろん各短編ごとに堂場は出てきますが、大変ひねくれた構成になっているんです。何がどうなっているのかはもう読んでもらうしかないのだけど…。各短編は幾つもの伏線やどんでん返しを盛り込んでいて、一編ごとにスゴい密度。そんでもって第4話でこれまでのヘンテコなところをまとめ上げる。あくまで仕掛け・ロジック重視なので、ミステリを読み込んでる人ほど楽しいと思います。

堂場がどうなってしまうのか。もう、んなアホなとつぶやいてしまう豪腕と性格の悪さが炸裂。ヘンテコ設定に定評のある作者の、一つの到達点でしょう。

鏡の中のマリオネット 乾くるみ『セカンド・ラブ』

1983年元旦、僕は春香と出会う。僕たちは幸せだった。春香とそっくりな女・美奈子が現れるまでは。良家の令嬢・春香と、パブで働く経験豊富な美奈子。うりふたつだが性格や生い立ちが違う二人。美奈子の正体は春香じゃないのか?そして、ほんとに僕が好きなのはどっちなんだろう。

『イニシエーション・ラブ』の衝撃ふたたび、の煽り。ふたりのそっくりな女性の間で揺れ動く男の恋愛模様が淡々と続く。そして最後に明かされる…というイニラブと似た構成。

確かに衝撃のラスト、ではあるのだけど、ミステリ読みとしては「そっくりな二人」を出されるとどうしてもアレを疑ってしまう。前作の衝撃の教訓もあるので身構えすぎてしまった。純粋に楽しめずちょっと不幸なことに…。

作者のことなので、恐らくまだ気づいてない伏線もたくさんあるんだろうなぁ。頭を空っぽに、物語の流れるままに任せれば、ラストにひっくり返ることは間違いなし。女は怖いわー。

ちなみに。

「セカンド・ラブ」と言えば中森明菜。それに対して「ファースト・ラブ」と言えば宇多田ヒカル。

というわけで、この本の偶数章のタイトルは宇多田ヒカルの、奇数章のタイトルは中森明菜の曲タイトルから取られています。お持ちの方はご確認を。

血を争え、縁を繋げ 麻耶雄嵩『隻眼の少女』

け、傑作きました…。

寒村でおきた殺人事件の犯人と疑われた大学生・静馬を救った隻眼の少女探偵・みかげ。事件は解決したが、18年後に再び悪夢が…。古式ゆかしき装束を身にまとい、美少女探偵・御陵みかげ降臨!

書き下ろし長編。「第一部 一九八五年・冬」「第二部 二〇〇三年・冬」の二部構成。

「スガル様」という神を奉る旧家で起こる連続首切り殺人事件。跡取り、伝承、信仰などの要因がいくつも絡み合い、事件は混迷を極め、多数の犠牲者を出すも、みかげの推理をもって解決がくだされる。ここまでが第一部。まだ全体の半分だけど、ここまででもひとつの長編としてのクオリティを十分保っている。

しかしまだ幕は降りない。第二部。18年後。全く同じ手口で殺人は繰り返される。あの解決は偽りだったのか。経ちすぎた年月は「スガル様」を取り巻く状況も変え、動機はますますわからなくなる。

旧家の血脈を題材に扱い、派手な不可能状況はなく、物証やアリバイなどの手がかりは細々としている。探偵が美少女&巫女衣装(正確には水干)であることを除くと麻耶作品にしては驚くほど地味な道筋を行く。

しかし読み終わってみると、もう、全体の構造に感嘆せずにいられない。全420ページ中、怒涛の運命が待ち受けるのは残りわずか20ページの地点から!広がりすぎた18年越しの大風呂敷が、きれいに畳まれるどころかテーブルクロスのように引き抜かれる。とても立ったままでいられない。膝をたたくどころか、膝をついてしまう真相。

ネタバレを恐れて感覚的な感想になってすいません。間違いなく今年の本格推理の収穫のひとつです。すごすぎます。すごすぎますよ。