森見流「少年時代」 森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』

舞台は京都ではなく新興住宅地、主人公は腐れ大学生じゃなくて小学生男子。森見登美彦、新境地。

小学四年生のぼくが住む郊外の町に突然ペンギンたちが現れた。この事件に歯科医院のお姉さんの不思議な力が関わっていることを知ったぼくは、その謎を研究することにした。未知と出会うことの驚きに満ちた長編小説。

というあらすじだけ見ても何がなにやら。「ペンギン」は何かの比喩なのかな?と思ったら、本物のペンギン。

主人公は小学生だけど、そこは森見登美彦らしく、とても理屈っぽい、ませた文系男子。「ぼくは小学四年生だが、大人に負けないぐらいいろいろなことを知っているし、努力をおこたらないが、将来はきっとえらい人間になるだろう。」こんな感じである。

このちょっと変な男子と、友達との冒険、女子との会話、ガキ大将からの攻撃、といった小学生の日常を描きながら、少しづつSFでファンタジーな要素が入り込んでくる。タイトルはペンギン・ハイウェイだけど、事件はペンギンだけじゃ全然終わらない。住宅地は少しづつたいへんなことになっていく。

この「少しづつ」たいへんなことに、というのが実はポイントだと思っている。次々事件を起こして読者を退屈させない方向に持って行くこともできるけど、このお話はあくまで「少しづつ」。誰もが抱いた子供のころの不安(死んだらどうなるの?とか)や、信頼できる大人たちとの会話、哲学的なやりとりや、ちょっとした思春期の芽生えなんかも散りばめて、森見登美彦流の「少年時代」をたっぷり書いてくれる。それはとても暖かく、いとおしい。

最初は、こんな男子ホントにいたらかわいくないだろうなー、という印象なんだけど、読み終わることにはもう、ギュッと抱きしめて頭をなでてやりたくなる愛しさ。ひと夏の冒険。ちいさな恋。またひとつ、森見登美彦に引き出しが増えた。それはとても嬉しいことだと思う。