探偵役の主観と客観 米澤穂信 『追想五断章』

古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在を知る。二十二年前のその夜何があったのか?幾重にも隠された真相は?米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編。

結末をわざと伏せて、その後の展開を読者に任せるタイプの小説を「リドルストーリー」と呼ぶ。有名なところだと『女か虎か?』とかなんですが、上の粗筋にある、亡くなった父が残した「五つの小説」がすべてリドルストーリーの形をとっていて、小説探しの本編の中でひとつひとつ小説が見つかるたびに作中作としてこのリドルストーリーが挟まれる、という構成になっている。

本編の他に5編のリドルストーリーが考えられていて、しかも裏に一つの未解決事件という背骨をつけて、さらにさらにとある”仕掛け”まで用意されているという、本格魂的にもうなんとも贅沢な造りなのである。ミステリ的な仕掛けもさることながら、この作品の評価を高めるもう一つの材料が主人公の大学生・菅生の描き方。

これまでの米澤穂信作品でもいわゆる「探偵役」は一筋縄でいかない設定が多い。面倒事に極力関わりたくない古典部シリーズの折木奉太郎、推理能力を隠して暮らそうとする小市民シリーズの小鳩、ちゃんとした推理があっさり無視されてしまう『インシテミル』など。

今回の主人公、菅生は大学生とはいえ休学中(事情は物語中で徐々に明らかになる)。小説探しの依頼を受け、最初は報酬に目がくらんで調査を始めるも、段々と事件に含まれた「物語」にひきこまれていく。他人の「物語」と自分の存在の対比に段々と変化してく主人公の心情が、こちらにも重くのしかかる。

謎を解くという役目と、その役目によって影響を受ける探偵役。外側である事件の解決と、内側である探偵役の葛藤。これまでのシリーズ作品などよりもかなり落ち着いたトーンで描かれる本作は、外側/内側のコントラストがより濃く浮き出てくる。

仕掛けの素晴らしさと、登場人物の重さとが、絶妙に融合した本作。お勧めです。お勧めですよ。

2件のコメント

  1. ピンバック: itchy1976の日記

コメントは停止中です。