人心の無さが生む人災 米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件(上/下)』

ぼくは思わず苦笑する。去年の夏休みに別れたというのに、何だかまた、小佐内さんと向き合っているような気がする。ぼくと小佐内さんの間にあるのが、極上の甘いものをのせた皿か、連続放火事件かという違いはあるけれど…ほんの少しずつ、しかし確実にエスカレートしてゆく連続放火事件に対し、ついに小鳩君は本格的に推理を巡らし始める。小鳩君と小佐内さんの再会はいつ―。

『春期限定いちごタルト事件』 『夏期限定トロピカルパフェ事件』(→感想)に続く、「小市民」シリーズの第三弾。探偵役はもうやりたくない「狐」小鳩くんと、復讐の暗い悦びを忘れたい「狼」小山内さん。『夏季限定~』での出来事からそんなに日も経たずに始まる、1年にもわたる追跡と暗躍…。

連続放火事件を追う新聞部、その熱血新聞部員と付き合うことになった小山内さん、別の彼女と付き合うことになりながら放火事件が気になってしまう小鳩君。放火事件に法則を見出す新聞部員、エスカレートする放火の規模…。話は上下巻にわたるものの、ほぼ一気読み。

前作、前々作を読めば、「復讐は徹底的に。手段を選ばずに。表に出ぬように」という小山内さんの行動原理を知っているので、裏で小山内さんがどんな暗躍をしているのか、ちらちらと見える駆引きや手回しの影に怯えながらの読書になる。連続放火事件の謎を表に見せながら、水面の底で何がうごめいているのかわからない展開なのである。そして、その暗い期待は裏切られることはない。

裏切られるどころか、むしろ超えられてしまう。あぁ、このラスト一行…。なんと容赦のないことか…。

にこやかな笑顔の裏の確かな真顔。黒い瞳の奥の暗い穴。甘味をつつくスプーンは、魔女が毒薬を混ぜる匙のように。膨らんだ自意識を持て余す、「狐」と「狼」の二人。

このまま『冬季限定~』が出るとしたらどんな内容になるのか。震えながら待ちたいと思います。