大倉崇裕『聖域』

安西おまえはなぜ死んだ? マッキンリーを極めたほどの男が、なぜ難易度の低い塩尻岳で滑落したのか。事故か、自殺か、それとも――3年前のある事故以来、山に背を向けて生きていた草庭は、好敵手であり親友だった安西の死の謎を解き明かすため、再び山と向き合うことを決意する。すべてが山へと繋がる、悲劇の鎖を断ち切るために――。
「山岳ミステリを書くのは、私の目標でもあり願いでもあった」と語る気鋭が放つ、全編山の匂いに満ちた渾身の力作。著者の新境地にして新たな代表作登場!!

『川に死体のある風景』 収録の「遭難者」にて、切れ味鋭い山岳ミステリを書いていた著者、念願の長編。著者自身も登山の経験があり、何の説明もなく山岳用語が乱れ飛ぶけど、リーダビリティが高く一気に読める。

安西が滑落した塩尻岳では、過去に安西の恋人も命を落としている。事故か、自殺かと調べていくと、塩尻岳の「山小屋存続運動」というきな臭い存在が出てくる。複数の死と複数の推測という糸が、最初は細く、やがて太く編みあがっていく展開に目が離せない。

主人公の環境と断ち切れぬ山への想い、登山をめぐる人と金、そしてなにより厳寒の冬山登山の描写が見事にあわさってる。ミステリの仕掛け的には全然複雑でもなくむしろ古典的ですらあるのに、終盤まで全く浮かばなかった。没頭してた。

広く知られていない分野、主人公の葛藤と成長という意味では近藤史恵『サクリファイス』 を連想したりもする。負けず劣らずの大倉崇裕渾身の代表作。やろうと思えばもっとお涙頂戴感動ものもできるところ、冷静に処理しているのもクール。