「予防してのやさしさ」は確かにある。『やさしさの精神病理』を読んだ。

現職の精神科医が現場で感じる”やさしさ”の偏移そして変異とは。

席を譲らない“やさしさ”,好きでなくても結婚してあげる“やさしさ”,黙りこんで返事をしない“やさしさ”…….今,従来にない独特な意味のやさしさを自然なことと感じる若者が増えている.悩みをかかえて精神科を訪れる患者たちを通し,“やさしい関係”にひたすらこだわる現代の若者の心をよみとき,時代の側面に光をあてる.

お互いの心に踏み込まない、相手の気持ちを先回りして自分の行動を制限する、誰のせいにもできないため決断ができない…。”やさしすぎる”ためにいろいろねじれてしまう人々たち。著者曰く、現代のやさしさは「治療としてのやさしさ」でなく「予防してのやさしさ」だという。

あぁ、あるあるとうなずいているうち、自分の中にもこの”やさしさ”が存在していることに気がつく。傷つかないための「予防としてのやさしさ」は確かに、ある。

そしてネガティブな感情(傷ついた!)や「自分探し」がその”やさしさ”を中心に説明されてしまうと、なんだかタネを見せられたような、そんなことだったのか!と、ふっ、と弛緩する。

著者と患者の面談がケーススタディとして豊富に書かれているんだけど、これが思いのほかミステリっぽい。患者が精神科にやってきた動機が謎となり、探偵でもある精神科医が巧妙な質問と推測で謎を引き出していき、最後に患者本人が自分の心境に気づいて大団円。ちょっと出来すぎな気もするけど(「私…子供産もうかしら」にはさすがに意表を突かれた)まさに「日常の謎」のような趣きです。

10年以上前の本だけど、「相手の気持ちを読もうとして」「沈黙したり立ち去ったり」なんて、まさに今でいうところの「空気を読んでスルー」。自分探しの話題もあり、まだまだ現代にも通じる内容です。

作中で「自分たちの”やさしさ”は大人にはわからない」と言っていた若者なんて、もう大人になってるじゃないか。行き過ぎた”やさしさ”はどこまで行き過ぎるんだろう。

 

↑内容と全然関係ないけど、この本にミステリを感じる方には連城三紀彦『恋文』なんてオススメしてみよう。日常のホワイダニットを男女間の揺らぎに埋め込む5編の短編集。

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  1. ピンバック: 以心伝心 - イノミス

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