安井俊夫『犯行現場の作り方』

十角館は建物自体は4000万で建つけど、沖合い5kmの島まで電気ガス水道を引くのが大変らしいです。

一級建築士の著者が、国内ミステリに出てくる「不可解な建物」の建築図面を引いちゃうという本。手がかりは文中の記述や表紙のイラストのみ。『有栖川有栖の密室大図鑑』が密室に特化した解析本だったのに対し、こちらは建物まるまる一軒が対象。ただの図面作成に終わらず、建築場所、時代、資材、作業者の宿泊まで考慮して、建築費用、工法、工事費、はては延べ床面積まで出しちゃう有様。これぞプロの仕事!

ターゲットとなるのは10作品の10建造物。台風が多い地域なのに木造建築『十角館の殺人』、51mの廊下に窓が一つもないロッジ『長い家の殺人』、車椅子を考慮するとどうしても変な壁ができる『十字屋敷のピエロ』、天才建築家が建てたまさかの違法建築『笑わない数学者』、傾き角度5度11分20秒・高低さ1.25m!『斜め屋敷の犯罪』などなど。

著者の視点はミステリに対する愛で溢れていて「こんなおかしなことになってますぜアハハ」ということは決してない。「この設計者ならこんな内装にするに違いない」「ここはこの材料じゃないとかっこよくない」「こんな配置ではあるが意図があるに違いない」というように作品世界が最優先。このスタンスが心地よく、文体も落ち着いた感じで読みやすい。

まさに謎と建築への誘い。作者と読者で楽しさを共有できる一冊で、続編が今から楽しみです。そりゃぁもっともっと変な館あるしなぁ。