浅暮三文『ポケットは犯罪のために 武蔵野クライムストーリー』

6つの短編+書き下ろしの幕間に、最後に解説を付け加え、奇妙な味の連作に仕上がっている本作。武蔵野を舞台に、墓地に人魂が浮かび、RCカーが暴走し、密室から遺言状が消え、学生は薔薇を抱え、強盗は古本に宝石を隠し、白シャツの男がいつのまにか赤シャツになっている。

日常の謎のようで非日常な事件の数々は、まさにミステリーとファンタジーを行ったり来たりする作者の立ち位置そのままの浮遊感。「メフィスト」に掲載された短編を後付けでつなぎ合わせているのだけど、短編同士に伏線があるわけじゃないので密接度はそんなに濃くはない。むしろ短編をもう一つ書き下ろしてバラバラにして幕間に紛れ込ませた、という感じ。全編男の一人語りで構成された、こちら幕間の試みがこの本でやりたかったことかもなぁ。

すき家で豚が鳴く

先日、近所のすき家に晩飯を食べに行った時のこと。

そのすき家にはカウンターとテーブル席がある。店員はテーブル席のお客さんの注文を取るために、カウンターとテーブル席を行ったり来たりすることがある。なので、カウンターの端は店員が出入りするために切れてあり、ももの高さくらいの小さな両開きのドアが付いている。西部劇の酒場のドアを小さく地味に工業的にしたやつである。

その日もカウンター席とテーブル席は数人の客がおり、店員が行ったり来たりしていた。そうすると頻繁にあの小さなドアを通る。しかしそのドア、蝶番が古いのか、えらくきしむ。両開きなので一度動かすと扉が何度か往復する。そしてキーキー鳴るどころではない甲高い音。その変な音がどーしても、

豚の鳴き声に聞こえるのだった。

「豚丼いっちょー」
バタン
ピギーッピギーッピギー…

「ねぎ玉豚丼いっちょー」
バタン
ピギーッピギーッピギー…

「ハーブチーズ豚丼いっちょー!」
バタン!(←強く閉めた)
ピギーッ!ピギーッ!ピギーッ!ピギーッ!ピギー…

注文はカレーにしました。

道尾秀介『骸の爪』

取材のために滋賀県の仏所・瑞祥房を訪れた小説家・道尾秀介。そこには俗世から離れてひたすらに仏像を作り続ける人々がいた。その夜、仏所の中を出歩いた道尾は不可解な現象に遭遇する。口を開けて笑う千手観音、頭から血を流す仏像、茂みの向こうから聞こえる「マリ…マリ…」という声…。20年前に失踪した仏師の謎、天井についた血痕、そしてまた仏師が消え…。

舞台はほとんど瑞祥房の中で、関係者も10名に満たない。ページ数も400P弱。その中に仕込まれた伏線の多さ、そして物理トリックも心理トリックも絡めた全体像たるや、よくここまで詰め込んだなぁと感嘆。ラスト近くはめくってもめくっても新展開で、伏線の繰り出し方が巧いです。見事。

舞台が制限されているからか、読者が作品世界に浸りやすく、仏所という特殊な空間での「考え方」や「出来事」が受け入れやすくなっているのも成功の要因の一つかと(京極夏彦『鉄鼠の檻』などに通じる感じ)。無駄な要素ほとんどなし、謎と解決に純粋に奉仕する小説、これぞ本格ミステリだ。と言ってしまおう。

北森鴻『ぶぶ漬け伝説の謎 裏京都ミステリー』

元広域窃盗犯の寺男・好奇心旺盛の女性記者・トラブルメーカーのバカミス作家が京都の大悲閣千光寺を舞台に、裏(マイナー)京都で事件に巻き込まれまくる『支那そば館の謎』の続編短編集。

どの作品も京都の文化や京都人の人となりをミステリに織り込んでいるのが特徴。例えば表題作は一度は聞いたことがある噂、「京都のお宅にお邪魔して、帰り際に『ぶぶ漬けでもどうです?』と言われたら断らないといけない(お言葉に甘えると『あの人は礼儀知らず』とボロクソ言われる)」という話が核。そんな仕打ち誰もしないらしい(!)のに何でそんな噂が出来たのか?という民俗学的な謎と、グルメな舌の持ち主なのに刺激性の強い毒物で殺害されたフリーライターの事件が見事に融合する手際はさすが。

浪費で吝嗇、いけずで歴史を重んずる。「京都」という都市を一つの閉鎖空間としてミステリに当てはめている本シリーズ。とはいえ気負うことはなく、登場人物たちの軽妙な会話のおかげもあってライトな仕上がり。小料理屋の料理がまたムダに美味しそうなのも見所です。