鳥飼否宇『樹霊』

「神の森で、激しい土砂崩れにより巨木が数十メートル移動した」という噂を聞いて、北海道の古冠村へまでやってきた植物写真家の猫田夏海。かつてはアイヌ民族が住んでいた神の森であったが、今はテーマパーク建設のため乱開発が進んでおり、開発推進派と反対派が村全体を巻き込みぶつかっていた。そんな折、反対派の議員が謎の失踪。土砂崩れで移動した巨木が人を飲み込み、別の30メートル級の巨木が裾野から尾根へ移動し、街では街路樹が4本も移動を繰り返し、村役場から墜落死体が発見される。もう、猫田、大パニック。

『中空』『非在 』の<観察者>探偵・鳶山リターンズ。あらすじ書いてみたけど、もう何がなにやら。トラックが1台消えるし、巨木はヒューヒュー鳴くし、重機が密室状況にあるのに植樹がされてるし、書ききれないほどの不可思議状況が乱れ打ち。この一つ一つに解決をつけて、それぞれ結び付けたり切り離したり、アイヌの伝承や北海道の大自然を絡め、大きな大きな全体像が出来る様子はため息が出るほど大変な道のり。

大変な道のりゆえ、その像は多少歪んで無理やり感もあり。また、事前知識が必要な所があって純粋論理だけで解ける話でもなくなってます。でもこの大風呂敷が魅力なのが鳥飼否宇。もーここまでやってくれれば僕は満足です。木の葉を隠すための森が、巨大な謎となって立ちはだかる。

草上仁『文章探偵』

カルチャースクールで文章講座の講師をしている作家・左創作は、文章からそれを書いた人間をプロファイルする、人呼んで「文章探偵」。ある日、彼が審査を務める新人賞に応募された作品が、現実のバラバラ殺人事件によく似ていることを発見する。どうもその作品は彼が持つ講座の生徒が書いたものらしい。しかも、文章をちょっと変えただけで同じ内容の作品がもう一つ投稿されていた。誰が書いたんだ?そいつが犯人なのか?なんでもう一個あるんだ?持ち前の文章探偵術で作者を突き止めようとする左だったが…

まず「文章のプロファイル」という題材が面白い。ミスタッチからローマ字入力/かな入力を判断したり、誤変換で選択された漢字から作者の職業を推理したり、「見いだす」「見い出す」といった単語選びの癖を見たり、小学校時代にこの教科を習った者は昭和~年代といった時代考証に至るまで、作者像を割り出すバリエーションが多くて楽しい。手がかりの文章も講座の課題や応募原稿、メールや手紙までいろいろ。よく考えてるなぁ。

とはいえ、主人公は普通のミステリ作家。いわゆる「探偵」然としたキャラではない。そして独り身で調査してるので、結果として部屋で文章を見ながら悶々とする感じになってしまい、ビジュアル的にちょっと地味である。よく練られたプロットで意外な結末も決まるんだけど、「独りで悶々」としてるため、推理や解明の道筋がどうもクドく感じてしまうだった。作者初のミステリ長編ということもあり、事態の説明がちゃんと伝わるか不安があったのかもなぁ。

風通しが良くなりさえすれば、全編随所に出てくる文章探偵術と、混乱を極める殺人予告小説の謎の両方が楽しめるオイシい作品になっていると思う。2作目3作目にも期待したい。

石持浅海『顔のない敵』

昨年の『扉は閉ざされたまま』の高評価で一躍本格推理の旗手として大注目となった石持浅海。作者のデビューのきっかけとなった、光文社『本格推理』掲載作品を軸にして編まれた短編集。「対人地雷」テーマの6編+処女作短編の計7編。

1997年の処女作掲載から2006年のジャーロ夏号掲載作品まで収められており、デビューから現在までの軌跡を見ることが出来るわけですが、これがそんなに劇的な変化がない。処女作こそちょいと野暮ったい印象あれど、言い換えれば描写もトリックも最初から一定のクオリティを保っていたわけで、これはスゴイことだよなぁ。

「対人地雷」テーマ6編は全てミステリ的な趣向が違っていて、それぞれが別なメッセージを持っているのも特色。NGOの活動内容、地雷除去の困難さ、資金集めに至るまで、対人地雷除去活動における障壁を描き出し、事件が解決を見せるとまた色を変えてこれら障壁が圧し掛かるようになっている。地雷と事件の密接な絡ませ方は、さながら周到な計算の上に立つ工芸品のよう。

ただやはり「最初から変わらない」のは動機や事件後の処理も同様で、既出のあの作品やあの作品みたいなのが多いんだよなぁ。登場人物たちが地雷除去という正義を掲げたとしても、その整理の仕方はちょっとどうなのか…と個人的にうまく受け入れられない部分が多かったのも事実。活動内容が正しい事だけに、このギャップがひっかっかるのだった。

水道橋博士『博士の異常な健康』

健康マニアのルポライター芸人・水道橋博士が、自らの肉体を実験台に、様々な健康法に挑んだ様子を綴る健康本。まず帯からして「髪の毛が生えてきた!」という強烈な煽りであり、作者曰くこの帯のおかげでamazonでトップセラーもなったとのこと。

健康本とは言え、あるある大辞典のようなすぐに試せるエクササイズとかは全然なく、「異常な健康」を追求した本のためかなりマニアックな内容。第1 章のハゲ治療から始まり、近視矯正手術・ファスティング(断食)・アサイージュース、果ては胎盤エキス・バイオラバー・加圧トレーニングといった全然馴染みのない、なんだか怪しい印象のものまで体当たり。その全てにおいて自身で効果を確かめ、医者や製造元にまで仕組みを聞きに行き、それをいつもの軽快かつ熱い筆致で伝える水道橋博士の芸人魂・ルポ魂たるや圧巻である。

元はサプリメントで薬漬けだった作者が、健康を偏執に追い求めて辿り着いた幾つかの体験は、普通に眺めるとなにやら眉唾なものが多いのだが(バイオラバーなんて「体にいい電磁波が出て人体と共振する」とか言われる)、新聞の全国紙でガン治療に効果ありと発表されたり、東大の学者が論文を世界に発表してたり、と”裏づけ”が取れてるものばかり。それでもやっぱり騙されてるように感じるのだけど、じゃぁ医者からもらった薬がどうして病気に効くのか分かっているのかと問われると結局わからない。この執拗な健康の追求は、なんでも聞いてきちんと納得し、なんでも試して体で感じることが重要なのだ、というメッセージなのかもしれない。

数々の強烈なインパクトを読者に与える本書であるが、僕的に一番のインパクトはハゲ治療の回に出てきた、「プロピアのヘアコンタクトを着用した江頭2:50の写真」であった。頭フサフサで「もの申ーす!」のポーズですよ!

■関連リンク
「博士の異常な健康」厳選リンク集←公式のリンク集
・唐沢 俊一『育毛通』← 作中でおススメされてる「育毛トリビア本」

大山誠一郎『仮面幻双曲』

時代は戦後まもなく。双子の弟から命を狙われている、という兄から警護を依頼された私立探偵。双子はかつて紡績会社を経営していたが、双子同士で諍いをおこし、弟は家を出て東京へ。そして東京で整形手術を受け、その医者を殺しているという。本当に兄を殺しに来るのだろうか、と一晩番をした探偵であったが、翌朝兄は変わり果てた姿で発見される。弟がやったのか?だとすると今はどんな顔になっているのか?

そうこうしていると第二の殺人が始まったりするわけなのですが、しかしこの作品、寄り道なしで事件まっしぐらである。体脂肪率0%といったところか。戦後という舞台設定や、旧家の変な風習や、探偵役が兄妹だったりとかしてるのに、ケレン味や遊びや煽りはほとんどなく直線でゴールに向かう。金田一ばりにいろいろ出来そうな環境だっただけにちょっと惜しい気がする。

そのせいなのか、施されたトリックもなかなかの大技にも関らず、「あーそうすればできるよねー」といった感想になってしまって…。これが本格だ、と言われればそうなのですが、もっと演出がよかったらなぁ。本格の骨子が優れていても、プレゼンテーションのスキルを期待してします自分がいます。