お願い蕎麦

会社帰り。だいぶ遅くなったので、駅の立ち食い蕎麦を夕食にすることにした。

店内には2人のおばさんが働いていた。天ぷら蕎麦の食券を買い、近くにいたおばさんに渡す。「はい、お願いします。」と言われた。

あれ?お願い?僕に?いやいや、もう1人のおばさんが蕎麦を茹でているから、そちらにお願いしたのだろう。そうだそうだ。

しばらくして、天ぷら蕎麦が出来上がった。先ほど食券を受け取ったおばさんが、カウンター越しに僕に丼を渡す。その時、「はい、お願いします。」と言われた。

これは…やっぱり…何かお願いされているのか…?いや、でも普通に頼んだだけだし。別に常連でもないし。何を期待されているのか。

僕が首を捻っているうちに、他のお客さんに丼を持っていくおばさん。カウンター越しに丼を渡し、「はい、お待たせしました」と言う。

……お願いされているのは僕だけ…!?

僕だけにお願いしてるじゃないか。なんだろう。何をお願いされたのだろう。この天ぷら蕎麦をあちらのお客様に?この天ぷら蕎麦で一句?この天ぷら蕎麦を恵まれない子供達に?この天ぷら蕎麦をおばさんの代わりに憧れの先輩に渡す?この天ぷら蕎麦で公共事業の入札を有利に取り計う?

答えは出ない。ただ蕎麦を食べる。カウンターに食器を戻し、「ありがとうございました。」と言われて店を出る。ごめんよおばさん。よくわからないけど、なんだか願いが重すぎる気がしたんだ。