お願い蕎麦

会社帰り。だいぶ遅くなったので、駅の立ち食い蕎麦を夕食にすることにした。

店内には2人のおばさんが働いていた。天ぷら蕎麦の食券を買い、近くにいたおばさんに渡す。「はい、お願いします。」と言われた。

あれ?お願い?僕に?いやいや、もう1人のおばさんが蕎麦を茹でているから、そちらにお願いしたのだろう。そうだそうだ。

しばらくして、天ぷら蕎麦が出来上がった。先ほど食券を受け取ったおばさんが、カウンター越しに僕に丼を渡す。その時、「はい、お願いします。」と言われた。

これは…やっぱり…何かお願いされているのか…?いや、でも普通に頼んだだけだし。別に常連でもないし。何を期待されているのか。

僕が首を捻っているうちに、他のお客さんに丼を持っていくおばさん。カウンター越しに丼を渡し、「はい、お待たせしました」と言う。

……お願いされているのは僕だけ…!?

僕だけにお願いしてるじゃないか。なんだろう。何をお願いされたのだろう。この天ぷら蕎麦をあちらのお客様に?この天ぷら蕎麦で一句?この天ぷら蕎麦を恵まれない子供達に?この天ぷら蕎麦をおばさんの代わりに憧れの先輩に渡す?この天ぷら蕎麦で公共事業の入札を有利に取り計う?

答えは出ない。ただ蕎麦を食べる。カウンターに食器を戻し、「ありがとうございました。」と言われて店を出る。ごめんよおばさん。よくわからないけど、なんだか願いが重すぎる気がしたんだ。

犯人っぽく聞こえる

最近本のレビューばかり書いてるので小ネタを。

やっていることは普通なのに、とても犯人っぽく聞こえる言い回しを考えてみた。

  • 「男は遊ぶ金ほしさに仕事をしていました」
  • 「男はホームセンターで包丁と日本円を取引していました」
  • 「男は夜な夜な駅に降り立っては、女の家に向かっていたようです」

犯人っぽい。働いて買い物して彼女の家に行っただけなのに。

あと関係ないですが、居酒屋でみんなのメニューが決まって店員を呼ぶ時に「人を呼びますよ!」と言うと、とても被害者っぽくなります。ツカミにどうぞ。

『気分は名探偵―犯人当てアンソロジー』

2005年、「夕刊フジ」に犯人当て懸賞ミステリーとしてリレー連載されたものを単行本化。夕刊フジにこんなマニアックなもの載せて大丈夫だったのか、と思ったら結構応募があったらしく、正解率もそこそこあったらしい(各短編ごとに正解率が書いてある)。

有栖川有栖「ガラスの檻の殺人」
路上で起こった”視線の密室”殺人。見つからない凶器どこに?
貫井徳郎「蝶番の問題」
別荘で劇団員5人が全員変死。残された手記から犯人を捜す。
麻耶雄嵩「二つの凶器」
現場は大学の研究室。殺害に使われたレンチの他に手付かずのナイフが見つかる。
霧舎巧「十五分間の出来事」
新幹線のデッキで昏倒してるのはたちが悪かった酔っ払い。とどめを刺したのは誰だ?
我孫子武丸「漂流者」
島に流れ着いたボート。記憶をなくした男。持ってた手記には惨劇の記録。オレは誰?
法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」
被害者の部屋を荒らした痕跡に不自然な点。容疑者は三人の”ヒラド・ノブユキ”

これだけの作家が揃ってほぼ同じ枚数の犯人当てを書く、というイベントがもう楽しい。肝心の犯人当ては作家の個性が色濃く出て、京大推理研出身の麻耶、法月、我孫子の三人はしっかりツボを押えた論理プロセスを書ききってみせたり、貫井徳郎は夕刊フジ相手に”飛び道具”を使ったために正答率1%になってしまったり、とそれぞれ。

巻末に6人の作家の覆面座談会(これも懸賞付き。解答は公式サイト)があったり、探偵役にシリーズキャラ(木更津悠也、法月綸太郎、吉祥院先輩)が使われてたりして、もはや一つの祭り。納涼・犯人当て祭り。またやってほしいなぁ。

全員が匿名の座談会の最後に、なぜかひょっこり探偵小説研究会の蔓葉氏が出てくるのが個人的ヒットであった。

若竹七海『猫島ハウスの騒動』

人間30人:猫100匹が住む通称・猫島。民宿や土産物屋が軒を連ねる猫島は、稼ぎ時の夏を迎えて海水浴客と猫好き客相手に大忙し。ある日、入り江でナイフが刺さった猫の剥製が見つかる。その三日後、島周辺を暴走中のマリンバイクの上に人間が振って来てぶつかる、という事件が発生。折りしもその頃警察では、猫の剥製から覚せい剤反応が見つかっていて…

まずなんと言っても登場人物の多さと個性の強さ。民宿を切り盛りする女子高生、島の中心的存在の神社の宮司、寝てばかりの宮司の孫、元銀行マンの海の家オーナー、後ろ暗い過去のある保養所管理人、猫アレルギーの刑事、サボり性の派出所警官、民宿を1人で改装中のイラストレーター、派出所勤務のポリス猫などなどなど、みんな事件が起きようとも、それぞれが自分のことで頭がいっぱい。この書き分けはさすが若竹七海。

一癖も二癖もある登場人物が揃いもそろって島の上でぎゅうぎゅうで、狭い範囲で人や事件の動線がごちゃごちゃと入り乱れるわ、過去に起きた三億円強奪事件や神社の秘密まで絡んでくるわで、拡大する騒動ぶりが面白い。あとであれはこういうことだったのか、という伏線も要所要所にあり、ミステリ的にも楽しく読めました。クローズドサークルというわけでなく、別に本土と行き来できるので、「陸続きの孤島もの」といったところか。

霞流一『プラットホームに吠える』

いつも作品に動物を絡ませる霞流一ですが、今回のテーマは「狛犬」と「鉄道」。そのココロについてはあとがきで作者が述べているので割愛しますが、うーん正直どちらも生かしきれてないような…。

「マンションからマネキンと共に墜落した女」「プラットホームで起きた通り魔事件の不可思議な動線」「密室状況で丸いギロチンで切断された男」という事件の裏に「狛犬」という縦糸が通っている構図。よく考えられてはいるものの、読み終わってもスッキリしない。ギロチン密室は見取り図もないのに延々と建物について論争してたりとか、被害者心理の解釈が予定調和っぽいとか、所々に雑味を感じてしまう。端役・脇役まで濃いキャラ付けをしてるせいか、証言一つ取るにもすごい喋られて大騒ぎなのも一因か。

神社で立ち聞きした「狛犬に関する奇妙な会話」から『九マイルは遠すぎる』のような推論を展開するところまでは面白いなぁとは思うのですが、全体的にどうにもこうにもゴテゴテした手触りのお話でした。うーん。