松尾由美『スパイク』

飼い犬の散歩で訪れた下北沢で、緑は同じビーグル犬を連れた幹夫と出会う。二匹の犬は姿もそっくりで名前も同じ「スパイク」。初対面から意気投合した二人は、来週も同じ場所で会おうと約束。しかし約束の日に幹夫は現れず。正直言って幹夫に一目惚れの緑は、がっくりしてアパートに帰還。一人の部屋で「どうして来なかったんだろう」と独り言を呟くと、「まったくだ、どうしてだろうね」という声。驚いて振り向けば、スパイクが渋い男の声でしゃべっているではないか!

こうして奇妙な「探偵団」が幹夫の消息を追うことになるのですが、これが普通の人探しではないのですよ。スパイクがなぜしゃべれているのか、というところにSF的設定が作られていて、そのルールに従いつつ探さねばならぬのですが…ここから先は興をそいじゃうので、なんとも紹介がもどかしい。ううむ。

ともすればトンでもSFになりかねんこの話。これを渋い声でクール、悲観的で辛らつだけど頼れるビーグル犬、スパイクのキャラがストーリーを引き締めてるのが魅力。非常識な現実を冷静な視点で語り、しっかりと話の中心にいる。ふらふら揺れる人間の心模様を、一匹の犬が支えているのであった。

で、こんなSF状況下でどう落とし前つけるのか、と色々な意味でハラハラしていましたが、しかしまぁそれでも暖かく優しい恋を紡ぎだしてくるから松尾由美はほんと侮れないですな…。SF・ミステリ・恋愛、様々な要素織り成す損なしの一冊。