貫井徳郎『悪党たちは千里を走る』

小市民な詐欺師たちが一攫千金を企んだ「犬の誘拐」。お金持ちの犬をさらって身代金を、と思ったら、ターゲットの家の子供が話しかけてきて…。二流詐欺師の犯罪喜劇はどんどんあらぬ方向へ。

イベントが次から次へとやってきて、状況がくるくる変わる早い展開。スピードがあって飽きさせない。登場人物たちの会話も小気味良く…なんですが、どことなくベタな感じなので(”表面上”憎まれ口を叩きあう詐欺師/男と詐欺師/女みたいな)、ちょっとインパクト不足なところも。

誘拐事件そのものは携帯やネットといった現代の小道具を使ったものではあるんだけど、なんかドキドキが足りない感じ。読者を騙すような欺くような、”見えない”演出がもっと欲しかったと思ってしまう。『慟哭』『光と影の誘惑』といった作者の他の誘拐ものと比べてしまうと、本作は喜劇色を強めたという違いはあれど、もっと期待値が高まってしまうのであった。

作者の傾向からすると異色の流れですが、シリーズ化するのならばちょっと気になる、憎めないお話であります。
 

小川洋子『博士の愛した数式』

第一回本屋大賞受賞、そして先ごろ映画化された本作。感動した・泣けたという触れ込みをあちこちで見て、こりゃすごい泣かせどころがあるのかしらん、と読んでみたら、とても静かな話でした。人が死ぬ話だから泣ける、というわけじゃないのですよ!

家政婦の私が担当になったのは元数学博士の家。離れに一人で住む博士は、昔交通事故にあって脳を損傷し、以来80分しか記憶がもたないのだった。ここに家政婦の息子(博士に「ルート」とあだ名を付けられる)が加わり、3人の静かな日常が生まれる。

なにぶん数学者ゆえ、何事も数学に結び付けて解説をはじめる博士。普通理系がこんなことをするとうざいことこの上ないはずですが、博士の丁寧な物腰や美しいボキャブラリーによる話術は、数学の世界に「美しさ」が存在することを説く。でも次の日になると家政婦さんの顔を忘れる。このギャップを数々のエピソードで表現することで、徐々に博士の人となりを読者に浸透させていく。読んでるうちに博士の理解者になっていくので、いちいち色々と愛おしくなってしまう。

そして特筆すべきは「野球」の存在。ルートはタイガースファンなのですが、博士も野球好きで江夏の大ファンなのだった。数学ばかりだと平坦になりがちな話が、ここで数学の「静」と野球の「動」が緩やかに融合して物語が深くなる。野球はデータ(数字)も豊富なので数学との相性もよく、これはいい要素だなぁと思った。

真理と美しさを求める数学の世界と、純粋で聡明な博士の世界を、暖かく静かに結びつけることで導き出す深い余韻。これは、染みるなぁ。

古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』


ベルカ、吠えないのか? ベルカ、吠えないのか?
古川 日出男

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4頭の軍用犬からはじまる、20世紀戦争の記録。イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?

1943年、アリューシャン列島に置き去りにされた4頭の軍用犬から始まる、犬たちの大河物語。子孫が子孫を産み、世界中に広がっていく戦いの血。第二次世界大戦、ベトナム戦争、アフガンと戦地に赴くものから、ドッグショウ、野犬、マフィア、果ては狼と交わるものまで。同じ血を持ったものが地球上で交差し収束する、その数奇な運命たるや。

近代世界史と共に展開するイヌの年代記が、もー圧倒される壮大な物語。熱い文体に血をたぎらせて、地を駆け、唸り、宙を見上げる凛々しさ、そのイヌの姿にどっぷり惚れる一冊。あー、かっこいい…。

ドッグイアーの限界を探る

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本や雑誌のページをマーキングするためにページの隅の方をちょっと折ることを、折れた様子が犬の耳に似ていることから「ドッグイアー(dog-ear)」と呼ぶ。でもちょっと折れただけで犬の耳ってのも大袈裟な話である。ここはもっと大胆にマーキングしたい。

というわけで今回は日本の伝統芸能である折り紙を使って新しいマーキングを探ります。

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