柳広司『吾輩はシャーロック・ホームズである』


吾輩はシャーロック・ホームズである 吾輩はシャーロック・ホームズである
柳 広司

小学館 2005-11
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ワトソンの元に連れられてきた奇妙な日本人。K・ナツメという名の彼は自分のことをシャーロックホームズだと思い込んでいるらしい。折りしもホームズは不在。知人の依頼により、治療の目的でナツメを預かることになったワトソンであるが…

イギリス留学中の夏目漱石が、渡航のストレスから自分をホームズと思い込むという、なんともトンでもなスタート。初対面のワトソンを思いっきり格下扱いですが、部屋に転がってるステッキから持ち主を推理するものの大ハズレ。女子に弱くて自転車にも乗れない。偉そうだけどトンチンカンな愛すべきキャラになってます。

この二人が参加した降霊会で殺人事件が起こるわけです。で、一見、本格ミステリ的に「ベタ」に見えるこの事件が、時代背景やホームズの世界感を絡めた大きな流れに乗っかっていくのが見どころでしょうか。不可能状況の解決とその背景にあるもの、この核と枠を既存のホームズ作品から再構築する手際はなかなかに高度。おぉー。

そうそう、事前に「バスカヴィル家の犬」と「ボヘミアの醜聞」を読んでおくとモアベターかもですよ。

鳥飼否宇『激走 福岡国際マラソン―42.195キロの謎』

ドキュメンタリーのようなタイトル。バカミスの雄、鳥飼否宇であるがまさか…と本を開くと、レース開始から刻々と綴られる参加選手たちのモノローグ。まさかホントにドキュメンタリーなのか、と思ったその時、ランナーが倒れた。

しかしラスト近くまでミステリーらしいことはほとんど起きません…。バカミス的殺人トリックと後付け感がぬぐえない大オチ。スポーツ小説として読めないこともないと思うのですが、鳥飼好きとしてはうーん軽いかなー…。

三崎亜記『となり町戦争』

第17回小説すばる新人賞受賞作。『本格ミステリ・ベスト10 2006』で石持浅海が1位に挙げていた作品。なぜー。

ある日届いた「となり町との戦争のお知らせ」。しかし日常は全然変わらない。となり町を通って普通に通勤する毎日。やがて偵察の辞令を受けた”僕”は、見えない戦争を確かめるため役場へ向かう。

戦争が「公共事業」として役所で淡々と処理される、というアイデアがシュールで、見えない所で戦争が進んでいる(広報の「人口のお知らせ」で戦死者の数だけ増えていったり)というのも背筋を寒くする要素を備えている。なんだけど…読み進むと恋愛が絡んだり戦争の様子がちょっとだけ見え始めてきて、この着想の良さが薄くなってくような気がしてしまう。うーん。

輪郭だけでこの物語が終わらせると良くできたショートショートになるんだけど、「戦争」というテーマについて深く掘り下げようとすると着想と合わなくなる。アンバランスな形なのかなぁ。アイデアや描写には力がある人だと思うので今後に注目したい。

シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』

奇想コレクションのスタージョン短編集第一弾。『輝く断片』(→REVIEW)がよかったのでこっちも読んでみた。

奇想とユーモアと切なさの融合がたまらんですね。「もう一つのシーリア」「タンディの物語」の事件のインパクトもさることながら、「孤独の円盤」「不思議のひと触れ」の海辺や「ぶわん・ばっ!」の船上とか、一つ一つのシーンが印象深く切り取られ、読み終わってからもゆっくり後味を味わえる筆致。さすが”アメリカ文学史上最高の短編作家”。これはすごいわー。

『輝く断片』のほうが話のインパクトが強いのですが、こっちは逆に後味にしっとり浸る感じかもしれません。両方ともおススメですよ。

首藤瓜於『脳男』

第46回江戸川乱歩賞受賞作。連続爆弾魔のアジトで見つかった「心を持たない男」。巨漢の刑事と精神科の女医が男の過去を追う。全てが作り物めいた男の本性とはいったい何なのか?というかこの男、通称「鈴木一郎」と呼ばれておりイチローの本名と同じだがいろいろと問題なかったのか?

大きく前半・後半と2つに分けることができる話で、この2つがそれぞれ違った形でスリリングに事が運び、結果として物語全体がテンションを保ったまま終えることに成功していますなぁ。

鑑定結果では全ての能力が平均値、紳士的に振舞うが感情を出さない、手ごたえがまるでない男。前半では男の本性を刑事と医者がそれぞれのやり方で追い、一つづつ薄皮が剥れるようにその過去が現れていく。僅かな手がかりのために女医が冬山登山までやりだすのはちょっとどうかと思うがまぁいいか。それはそれでスリリングだし。

後半は男が入院する病院に爆弾が仕掛けれ、遂に「鈴木一郎」が覚醒する。爆弾魔vs警察+「鈴木一郎」という知恵比べに見所が移り、ラストまで一気に。敵か味方か「鈴木一郎」。

難を言えば「欲張り」。上記ストーリーに加え、自閉症や脳についての記述、爆弾の知識、連続爆破事件のミッシングリンクなど、各要素が雑多に盛られた印象もあり。にしてもデビュー作でここまでやれれば満足でしょう。タイトルもこれしかないなー。