ブルボン小林『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』

ブルボン小林って誰やねん、と思ったら、『もうスピードで母は』『泣かない女はいない』の芥川賞作家・長嶋有。ゲームについてのコラム本なのですが、観点が新鮮でとてもおもしろい。

結末ではなく道中を楽しむ『かつてゲームは観光だった』、スーパーマリオがゲームを地上に誘った『青空の下』、カラテカのあの演出はそうだったのか『一方そのころ敵は』などなど、80年代にゲームに夢中になった子供が大人になってふと「あれはあぁいうことだったんだなぁ」と振り返る視点で、発見に満ちているのだった。昔のゲームは容量の関係で背景が黒ばっかしだった。そうだよなぁ、マリオ以前で背景が青空ってなんだったかなぁ、F1レースとカラテカぐらい?とかベースが共有できるので余計面白かった。

あと個人的にはRPGについての話が少なく、アクションやシューティング寄りなのがうれしい。好みがもろかぶり。『かつてゲームは観光だった』に出てくるゲームなんて、「スカイキッド」「シティコネクション」「ゼビウス」「スターフォース」「斑鳩」「ファンタジーゾーン」である。わかるわかる。「タモリは名古屋撃ちがうまい」とか、微妙な知識が増えていくのも心地よい。

「振り返る大人の視点」なので、ゲームに興味がない人にも「ゲームって(もしくはゲーム好きって)こういうことだったのか」という発見もありそう。80年代~90年代初めに子供時代を過ごした方は手にとってもらえると、あのファミコンブームを今一度ゆっくりと味わうことができると思います。ゲーム語りを大人のたしなみに。

2005年:今年読んだ本ベスト10

2005年も残すところあと数時間。今年読んだ本は87冊でした。どうしても毎年100冊まで届かないなぁ。今回はその87冊から心のベスト10冊を挙げていきます。順位はなしで。あくまで「今年読んだ」なので、出版はもっと前のものもあります。

扉は閉ざされたまま
石持浅海『扉は閉ざされたまま』


本ミスでも1位に投票しました。「扉を破らない密室モノ」という、普段ならボケで笑うしかないようなシチュエーションを、よくぞここまでスリリングな本格に仕上げたものだと感服。犯人側から描く倒叙形式で、じりじりと探偵役に追い詰められてく。犯人vs探偵が純粋な敵対関係でないところもいい。動機がやはり受け入れがたいが『セリヌンティウスの舟』まで読み続けると慣れてきますなぁ。

魔王
伊坂幸太郎『魔王』

今年、『魔王』『死神の精度』『砂漠』と3作出した伊坂幸太郎。『魔王』のテンションの高さには参った。不思議な能力を持った兄弟が来るファシズムと静かに闘う様子は、これが架空の話とは思えないほどの緊張を読者にもたらす。伊坂の中では異色かもしれないが、この読後感はいろんな人に体験してほしい。

容疑者Xの献身
東野圭吾『容疑者Xの献身』

このミス、本ミス、文春と三冠達成。数学者の一途な思いが作り出した完璧なトリック。「恋愛感情」と「トリック」が劇的に密接なつくり。トリックについては全然気づかなかったので、かなり驚いた。数学者の友人でもある、探偵役の物理学者・湯川の揺れる心情にも注目。最近は指紋が付かない表紙に変わったらしいですよ。

交換殺人には向かない夜

東川篤哉『交換殺人には向かない夜』

東川篤哉を初めて読んだ年でした。小ネタも好きだし、その小ネタがさらに伏線になっているという贅沢構成。『館島』のバカ館もいいけど、本作の平行線が一本に収束する衝撃のラストを推したい。こんな話をよく行き当たりばったりで書いたもんだ!

痙攣的

鳥飼否宇『痙攣的』

鳥飼否宇も今年初。その奇想っぷりに嵌まると癖になる濃さ。『逆説探偵』も『昆虫探偵』も好きだけど、もう『痙攣的』でぶっとんだ。途中まで普通に(普通でもないけど)してたじゃない!もうアホ!アホ!(ほめ言葉)。

雨恋

松尾由美『雨恋』

「大森望氏も涙!」の帯が印象的。幽霊との淡い恋物語ですが、そこに絡めたルールが「彼女が死んだ真相が明らかになるほど姿が見える」というすごいジレンマなもの。以外と入念な外堀で本格度も高いような。ラストも泣ける。そりゃぁ大森望も泣くよぉ。

幽霊人命救助隊

高野和明『幽霊人命救助隊』

そういえばこれも読んだの今年入ってからだ。幽霊が自殺者を止める、その手段を「大声で説得」にする発端から、幽霊-人間を繋げるアイデアがとても秀逸!笑って泣いてのジェットコースター。隠れたおススメ本。

お笑い 男の星座2 私情最強編

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

『本業』も熱かったけど、やはりお笑い界を書いているときが一番乗っている気がする水道橋博士。思いを語りグイグイ引き込み、韻やくすぐりも交えて、もはや暗唱したくなるような文章。前書きの出版界への警鐘も必読。

文芸漫談―笑うブンガク入門

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』


文学界最高のボケ・ツッコミコンビ。この調子で本当に舞台に立っているんだからすごい。やりとりに笑っているうちに文学の読みどころがわかってくるという、最高のネタ本であり教科書。いとうせいこうと奥泉光を来年はもっと読みたい。

箱―Getting Out Of The Box

The Arbinger Institute『箱―Getting Out Of The Box』

「自己欺瞞」のメカニズムを「箱」という概念を通して説明。人間関係について目からウロコ、と各方面で話題らしく、amazonのユーズド価格が大変なことに。図書館で読みました。わかったような気になっているけど、もう一回読んでおいてもいいかも。

海馬―脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里『海馬―脳は疲れない』

脳についての新しい知識がとても新鮮。そして二人の絶妙な対談。うまく頭を使うことがいい生活になるはずよねぇ、としみじみ。30歳になった今年、この本の「30歳から頭はよくなる」という言葉を楽しみに、来年を過ごしたい。

11冊になっちゃった。来年はもっと読みたいですなぁ。新春一発目は『砂漠』の予定。よいお年を!

倉知淳『猫丸先輩の空論』

ベランダに毎日置かれるペットボトル、密室で割られたスイカ割り用のスイカ、無人のオフィスにかかってくる電話、事故現場に何台も呼ばれるタクシー。困る人々を横目にして、ひょっこり現れ達者なべしゃりで煙に巻く、童顔で低身長、年齢不詳で神出鬼没、謎を解くのは猫丸先輩。

タイトルどおりまさに「空論」の短編集。ロジカルに結論を導き出すのではなく、あくまで推論で場を収める猫丸先輩。前作『猫丸先輩の推測』でも見られた展開がますます加速しております。もはやキャラ勝負なのかしらん。

全編、登場人物の一人称語りであり、考えたこと思ったことを延々各場面が多いので、内容が薄まってしまうのがちょっと残念。もはや落語っぽい。声に出して読みたい猫丸先輩。

蒼井上鷹 『九杯目には早すぎる』

小説推理新人賞受賞作「キリング・タイム」を含む、著者デビュー作『九杯目には早すぎる』。短編5本と合間にショートショート4本という珍しい構成。

軽妙な語り口、というか可もなく不可もない運び方で、ふんふん普通やね、と読んでいったら一本目の「大松鮨の奇妙な客」であっけなくひっくり返されてダウン。あとから見たら推理作家協会賞短編部門の候補作だったのね。ネタ自体はどこかで見たような気がするのに、語り口ですっかり油断してしまった。

全編通してみると、無害そうな外見なのに中に強い毒を持っている、という印象。セコい人やイライラする人の描写がやけに巧くてとてもヤキモキします。外と中のギャップの埋め方をどう処理していくのか、それとも処理せずこの方向で進むのか、これから気になる作家さんであります。

西澤保彦『フェティッシュ』

黒タイツ萌え老人、有機物ダメ看護婦、もてなし好き中年、自殺願望主婦、女装癖刑事、彼らの前に現れた絶世の美少年。「触ると死んでしまう」その儚さと謎に惑わされ、狂わされ、壊れていく5人。

5人の視点から交互に描かれる美しすぎる少年。一見死んだように見えて気がつくと消えている、という謎を持っていて、これに連続殺人事件が関って、そしてそれぞれの欲望が絡み付いて、読み進めるにつれてどんどん異型の塊が膨れ上がっていく。強引とも見える落しどころも妙に心にひっかかったままで取りきれない。読者をも絡めとろうというのか。

目が離せない話運びはさすがの西澤保彦ですが、ちょっとグロいシーンが結構あるのが個人的に苦手でうーうー。面白いけど怖いよー。