東川篤哉『密室の鍵貸します』

東川篤哉のデビュー作であり烏賊川市シリーズ第一弾。手ひどく振られた元彼女が墜落死。でも彼にはアリバイがある。先輩と一緒にビデオを見ていたから。でも誰にもアリバイが言えない。その夜、密室となった先輩の部屋で彼の死体を発見していて…。

初めて書いた長編とのことで、地の文が回りくどく小ネタのキレもちょいと鈍い。ただメインのネタはなかなかに練られていて、この後の成長の片鱗が見えますよ。ギャグ描写と思われたのが重要な伏線だったりするのも油断ならないところ。自分のとって東川篤哉は今年の収穫なのでこれから追っていく所存。

糸井重里監修『言いまつがい』

ほぼ日刊イトイ新聞の名物コーナー『言いまつがい』の書籍化で、2004年4月に出版された単行本の文庫版。

言い間違いについての読者投稿が何百と掲載されて、もうトランス状態です。終いの方はちょっとした間違いでもびくともしない耐性が身につきます。「空耳アワー」をずっと見ていると普通に日本語歌詞にしか聞こえなくなるかのように、言いまつがいの世界の住人になってしまうのだった。思い出した時に少しづつ読むと長く楽しめるかもしれません。

「まめ天狗」「セクシー・ハウス」「ナイス・パー」「ジュ~ドォ~ル」辺りはしばらく笑ったなぁ。こんなアホな本なのに新潮文庫なんで、しおり用の紐がついてるのが無駄に重装備な感じです。

連城三紀彦『人間動物園』

政治家の孫娘が誘拐された。被害者宅に仕掛けられた盗聴器。近づけない。隣家で対策を練る警察。中で憔悴する母親。外は昨夜からの大雪。犯人との行き迫る攻防は二転三転し…。

すごすぎですよ。こんな込み入った話し、若手がやることですよ連城先生。盗聴器との知恵比べや緊迫感溢れる捜査もさることながら、浮かび上がる全体像の緻密さといったら!被害者らの意味不明の発言や行動が、終盤ピタリと収まってくる様はまさに連城マジック。檻の中も外も檻の中。参った。降参。

いとうせいこう『ボタニカル・ライフ―植物生活』

ボタニカル・ライフ―植物生活
いとう せいこう
新潮社 (2004/02)
売り上げランキング: 49,749

狭さこそ知恵、貧しさこそ誇り。庭のない都会暮らしで植物を愛でる自称「ベランダー」のいとうせいこうの植物生活エッセイ。第15回講談社エッセイ賞受賞作。

広い庭を扱うガーデニングを横目に見ながら、狭いベランダを駆使して植物を育てる自らを「ベランダー」と呼ぶ。ベランダーの一人称は「俺」であり、強い子になれと鉢を西日に送り出したり、枯れた植物をなかなか認めようとしなかったり、トイレにレモンポトスを伸ばし放題にしたり、煙草を吸いながら蓮の泥をかきだしたりなど、「園芸家」という日向なイメージから遠くいて、もはや園芸ヤンキー、孤高の不良ぶりです。

それでも植物の愛がそこかしこから伝わってくる。無償の愛、というより、嫉妬や羨望であり、彼らの命の手綱を握っておきながら、彼らは生命は自分の手の届かないところにいることを感じて憧れる。その様子は強がりでいじらしい。植物を愛でるとは、なんと切なく愛おしい様なのか!

深まる冬に向けて春の緑が待ち遠しくなる一冊。落ちているアロエさえ拾い、植木市に色めき立ち、諦めかけてた鉢から若葉が覗いたのを発見するや狂喜する、ハードボイルド・ベランダー。これはもはや、植物に対するツンデレと言っても過言ではない。

三雲岳斗『旧宮殿にて』

時はルネサンス期イタリア、ミラノ。舞台は宮廷に認められた建築家や芸術家が集まる「旧宮殿」。様々な揉め事に気をもむ宰相ルドヴィコが相談する相手、その人こそレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチであった。

5編からなる短編集。中世なので人名が読みづらいカタカナで誰が誰やらだったのですが、慣れてくると舞台設定の特殊さがメインとなる謎に絶妙に絡んできて気持ちいい。衆人環視のなか右腕だけ残して消えた彫像、塔に幽閉された女が子羊の死体を残していなくなり、祝宴に飾られていた肖像画が謎の譜面を残して消失する。どれもなかなかにトリッキー。

そしてなんといっても注目は4つめの「二つの鍵」。『ザ・ベストミステリーズ〈2005〉』『本格ミステリ05』にも収録され、
2005インターネットで選ぶ本格ミステリ短編ベストにも選ばれたのもうんうんと頷ける傑作短編。遺言状を入れる箱を特注した大富豪。その箱には金・銀二つの鍵がついていて、金の鍵で閉めると銀の鍵じゃないと開かないし、銀の鍵で閉めると金の鍵じゃないと開かない。銀の鍵三本を息子に配り、大富豪は金の鍵で箱を閉めた。自分の生きてる間に誰かが箱を開けたら相続権は愛人に渡ると言い放つ。そしてある晩、富豪が殺されて箱が持ち去られる。ここから始まるフーダニットはすーごーいーぞー。こんなにキマッた消去法ロジックは久々に見た。読む価値大アリです。