石持浅海『セリヌンティウスの舟』

舞台はマンションの一室。ダイビングの打ち上げの夜、酔いつぶれた仲間たちのいる部屋で、彼女は青酸カリを飲んで死んでいた。遺書を残し、明け方に、ひっそりと。四十九日があけて、集まった残りの仲間5人。自殺と思われていた彼女の死だが、現場を写した写真に不審を覚える。青酸カリの入った小瓶のキャップが閉められている…。青酸カリを飲んだら即死なんじゃなかったか?だが待てよ、もしキャップが開いていたら、散布された青酸カリのせいで、雑魚寝していた自分たちも巻き添えになっていたんじゃないか…?

この登場人物たち、ただのダイビング仲間ではなく、「共に命がけで遭難を乗り越えたことで知り合った」仲間。そのためお互いの信頼は堅く、厚く、強いものとなっている。このバイアスがこの話をただのクローズドサークルで終わらせない。「彼女が裏切るはずがない(巻添えにするはずがない)」を大前提に、小瓶の位置や死体の姿勢を事細かに検証していく。まるでもう一度荒波に落とされたように、マンションの一室は漂流する。

丹念な推理合戦はとてもスリリングであり、もはや作者の真骨頂なのだが、動機となるとこれも真骨頂で、相変わらず「高度」なものになってしまうのだった…。今回は登場人物が特殊な繋がりなのもあって度合いが増している印象です。

それにしても、『扉は閉ざされたまま』で「扉を破らない密室もの」を書き、本作でも「心の底までわかりあっている者たちのクローズドサークル」を作り出す。今年の石持浅海はセオリーの逆を行く。そこに今までの本格推理のまだ見ぬ平野が広がっているのかもしれないですなぁ。